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シアスター・ゲイツ展~アフロ民藝@森美術館

5月12日(日)母の日。4人でスタートしたアート部の活動。午前中に国立新美術館でマティス展を観て、お昼にコラボメニューを食べた後、今度は六本木ヒルズ森美術館へ移動だ。そこで1人と合流する。

国立新美術館を出ると、目の前に六本木ヒルズが見える。ああ、そういえば昔家族でここからヒルズに移動した事があったな。部長が道を調べてくれたが、私は何となく覚えていた。なにしろ目標は見えるのだ。そこへ向かってなるべくまっすぐに進めばいい。ただし、大通りを越える必要がある。どこで渡れるのだったか。

時々建物に隠れて見えなくなる六本木ヒルズ。でも、大抵見えている。道なりに進むと目の前に出た。でも、高速道路が出てきて、その下の大通りを信号では渡れない様子。だが、地下道の入り口があった。

地下道をくぐり、六本木ヒルズへ。2階で待ち合わせだったのに、我々は勘違いをして3階へ行ってしまった。何しろ森美術館の入り口が2階だというのだから。(わかりにくい←小声)

今回も招待券をメンバーから頂戴しての、アフロ民藝展。いつも本当にありがたい。この招待券のお陰で、意外に面白い物や、考えさせられるような現代アートに出逢えている。

シアスター・ゲイツ氏

まずはこのアーティストについて。

ゲイツ氏はアメリカイリノイ州シカゴで生まれ、今もそこに住んでいる。都市デザイン、陶芸、宗教学、視覚芸術を学んだとか。彼はブラックネス(黒人であること)の複雑さを巧みに表現している。また、虐げられてきた黒人の多く住むシカゴのサウスサイドで、廃墟となった40軒以上の建物を、音楽やアートを誰もが楽しめる空間に作り替えたりしている。なんと音楽家でもあるとか。

また、愛知県常滑市の「とこなめ国際やきものホームステイ」に参加し、陶芸家や地域との交流を続けている。2022年のあいちトリエンナーレにも出品。

ゲイツ氏は、日本の民藝運動と、黒人の解放運動とに共通点を見出している。西洋文明が瞬く間に侵食してくる中、特有な伝統や歴史を守り抜こうとしてきた。地域性をたたえ、美の意識を高め、文化の力を尊ぶという両者の運動を融合させる試み、それを「アフロ民藝」と呼ぶ。

スマホで音声ガイド

事前にイヤホンを持ってくるように、と言われていた。このアート展は、無料で音声ガイドが聞けるのだ。スマホで。

入り口のQRコードを読み込み、いざ片耳だけイヤホンをして入場。しかし、音声ガイドに慣れていないせいで、最初は勝手がわからず。観ているものと聞いている物が合っていない状況に。

しかも、写真を撮る時にいちいち音声ガイドを止めていた。だが、途中で気づいた。写真を撮っても音声ガイドはそのまま続いてくれるのだと。

しかし、会話はできない。せっかく5人で観に行っているので、あれこれ感想を言いたいわけで。なかなか難しい。音声ガイドの説明を長いと感じる場合もある。画面を見ると文字が書いてある。こっちを読んだ方が早いが。

やっとガイドの使い方が掴めて、聞きながらそれにあったものを見て、聞きながら写真を撮り、説明を聞き終わってから近くの人としゃべる、というサイクルが出来た。そして、いちいち読み込みに時間がかかると思ったら、この美術館のWi-Fiに繋げれば速いという事が分かったのだ。やれやれ。

神聖な空間

では作品を観て行こう。最初のセクションでは、ゲイツ氏の他、彼の尊敬するアーティストの作品が展示してあるという事。

入り口にはこんなものが!タールかな。

音声ガイドでは、この壁ではなく反対側にあった和歌の神「玉津嶋大明神」の木製彫刻について語っていたのに、それを聞く前に壁の写真だけ撮って中へ入ってしまった私。ちなみにその木製彫刻は江戸時代後期の僧侶、木喰上人の作だとか。

そして入り口を入るとこんな感じ↑。床に敷き詰められているのは黒い煉瓦。

この黒い煉瓦は、愛知県常滑市の水野製陶園でこの展覧会の為に作成されたとか。常滑市が煉瓦や土管などの産業陶器を生産してきた歴史と、かつてアメリカで煉瓦職人の多くが黒人奴隷有色人種の労働者だったという歴史が重ねられており、屋根にタールを塗る職人だったゲイツ氏のを含め、名もなき職人や労働者たちの存在を讃えている。

こちら↑はリチャード・ハント氏の作品「天使」(1971年)。正面から見るとこんな感じ↓。

ゲイツ氏が尊敬するアーティストの1人であるハント氏は、アフリカ系アメリカ人の彫刻家。アフリカ系アメリカ人が経営する会社、ジョンソン・パブリッシング・カンパニーの社屋のロビーに設置されたもので、複数のパーツを組み合わせて磨き上げた大きなブロンズ作品。

おっと、これは何だ?オルガン?シアスター・ゲイツ「ヘブンリー・コード」。

ゲイツ氏はゴスペル合唱団で歌っていた経験を持つ。アメリカではハモンドB-3というオルガンが、パイプオルガンに代わる重要な楽器として、特に黒人教会において広く使われていたそうだ。この「ヘブンリー・コード」は、7つのスピーカー1台のオルガンで構成された作品。ゲイツ氏はこの作品において、7人の姉黒人音楽が、自身のアートの実践に与えた影響への敬意を表現している。ちょっと難しい表現になってしまったかな?影響への敬意を表現?影響へ敬意を表している、でもいいか?

何となくボーっと音が鳴っていると思ったら、1音を押しっぱなしにしてある様子。ドだね。

ブラック・ライブラリー&ブラック・スペース

ゲイツ氏にとって「蒐集」は重要な表現方法の1つだという。ライブラリーの部屋があり、本がたくさんあった。日本語の本もある。うーん、なぜかその本棚の写真を撮らなかったようだ。

そして、さすが53階。窓があれば眺めがビューティフル。どんより曇り空も素敵。

ソファがある。ここにある家具は、ジョンソン・パブリッシング・カンパニーの社屋にあったものだそう。いかにも1970年代に作られたデザインのソファ、そして絨毯。ゲイツ氏は、ジョンソン・パブリッシング・カンパニーの廃業に際して、そこにあった全ての家具を引き取ったそうだ。

ソファに座ってみたら、まあびっくりするくらいの沈み方。ものすごく快適。こんなソファに初めて座ったかも。きっと高級品なのだろう。古いけど。

ブラックネス

一方で、不穏な作品も。

こちら、ゲイツ氏の作品「黒い縫い目の黄色いタペストリー」。なんとこれ、消防ホースで出来ているのだ。一体どういう事か。

キング牧師が「おそらくアメリカで人種隔離がもっとも徹底された町」だと言ったアラバマ州バーミングハムで行われた抗議デモを記念するものとして制作されたもの。

1960年代、南部キリスト教指導者会議は、子供たちをデモ隊として投入する作戦を実行した。大人たちが逮捕されたら職を失って家族を養えなくなる。子供相手に手荒な真似はしないだろうと見積もっての事だった。しかし警察は消防ホースで放水し、多くの児童や生徒が吹き飛ばされ、衣服が引き裂かれ、負傷した。ゲイツ氏は、ホースという素材によって公民権運動の歴史を呼び起こし、社会的にも肉体的にも大きな危険を冒して戦った人々に敬意を表し、現代社会に未だ残る人種的不平等や様々な差別を批判しているのだ。

次は映像作品だ。「避け所と殉教者の日々は遥か昔のこと」というお題の付いたゲイツ氏の作品。

シカゴのサウス・サイド地区にある、取り壊されてしまった聖ローレンス教会にて、ゲイツ氏のバンド「ザ・ブラック・モンクス」が行ったパフォーマンスを撮影したものだ。公民権運動の時代には政治的な役割も担い、精神的な支えであった教会が、都市開発のために取り壊されていく問題に注意を向けようとする作品。

それにしても、この歌っている人はゲイツ氏だよな?めっちゃ歌上手い。黒人さんが皆歌が上手いなんて事はないよね?とてもハートフルな声だった。

こちら↑は父に捧げられた「タール・ペインティング」。15年ほど前に父と共に作り始めたもので、子供の頃にしたのと同じように、アーティストとしての父と共に作業をする試みだったそうだ。父から教わった、家の屋根を修理する技術を彫刻に取り入れたいと思い、実際に実家の屋根を修理した時に使った材料の一部を使い、父と自分をテーマにした作品。

これ↑は「基本的なルール」という作品。デトロイトの小学校にあった、体育館の床を用いた絵画。色彩をリミックスしてスポーツを抽象的に表している。シカゴで多くの学校が閉鎖され、生徒たちが団体スポーツを学ぶ機会が減少している。団体スポーツがなければ基本的なルールの重要性を学べない。基本的なルールの欠如は学校外での良くない行動につながる。ゲイツ氏はそう考え、全ての人にとって教育とスポーツが重要であると訴えている。

次は「黒い器」。

これらの作品はシカゴで作成されたものだが、常滑で使ったのと似た「六窯」という窯を使っている。薪を燃やした熱を使う窯で、その木材がとなり、その灰が器の表面の質感を変化させ、特別な表情を作り出す。

これらの作品は非常に、日本文化とアフリカ文化が混ざっていると感じる。顔だけ逆さになっている像や、体がやけに小さい像なんか、もう……面白い。ただ、私にとってはアフリカなのかインドなのか、多少区別しにくいところが……。赤や水色の繊維が覆っている物などは、アフリカっぽいと思うが。

年表~日本との出会い、ミシシッピから常滑へ

ここでは常滑焼の歴史や民藝の歴史、アメリカ黒人の歴史が並べてある。アメリカ黒人の歴史が、意外に浅い事を知る。もう日本では幕末だ。写真はちょっとピンボケで申し訳ない。文字が読めないよね。

今、ゲイツ氏は常滑で、地元の陶芸作家たちの協力のもとに作陶し、老舗の酒蔵「澤田酒造」とオリジナルの日本酒を造っているそうだ。澤田酒造、知ってる~

平野祐一氏の作品。民藝の歴史の資料だろうか。カッコいい。白い丸っこいやつも、赤褐色のすべすべのやつも素敵。

これ↑は大原光一氏「黒鉄玻璃釉人器」。なんて読むのか分からん。ピカピカですごい。釉薬(ゆうやく)を塗ってあるって事かな?

年表は現代まで続いていた。ごめん、あまり読んでいない。

アフロ民藝

いよいよ最後の部屋に来た。おぉ!なんかすごいぞ。

アフロ民藝とは、ゲイツ氏の作った言葉。未だ存在しないけれど有り得るかもしれない、日本文化とアフリカ系アメリカ人の黒人文化が混ざり合った、想像上の文化様式だそう。ゲイツ氏はアフロ民藝について「フィクションであると同時に真理でもある」と言う。

ゲイツ氏は、日本、中国、韓国の陶磁器の歴史をたどりながら、日本の民藝運動とアメリカの「ブラック・イズ・ビューティフル」という2つの重要な運動をつなぎ、新たな美を創造しようとしているのだ。

先に、ゲイツ氏にとって「蒐集」は重要な表現方法だと書いた。これ↑もまさにそう。写真の大量の焼き物群は、常滑市の小出芳弘氏によって作られた2万点を超える陶芸作品だそう。飾ってあるというよりも、梱包されたまま収納されている感じだ。

小出氏が亡くなった後、小出氏の息子さんが残された作品をどうするかという問題に直面していたそうだ。そこで、ゲイツ氏が是非シカゴへ持って行きたいと言い出したのだ。つまり買い取ったのだろう。この展覧会の後、全て梱包されてシカゴへ送られるそうだ。今後、常滑焼がシカゴの人々に影響を与えていくのだろうか。

他にも、こんな感じで↑色々と面白い物が置いてある。冷蔵庫の中には酒瓶がびっしり。全部「」というラベルが貼ってある。ディスコとっくり?というのは、棚に徳利が並べられているのだが、この並び方に何か意味が?と思ったが、そうでもないのか。冷蔵庫の右側にも同じように徳利が間隔をあけて並んでいた。

あ!違う。徳利じゃない。お猪口だよ。ピザピザピザ……って10回言って、これは?膝!ブブー、肘でした~っていうアレだよ!これはとっくりじゃなくて、おちょこである。

そしてこれ↑が「ハウスバーグ」という作品。光が回っていて、反射した光が床を照らす。要するにミラーボールなのだ。でもボールではない。

「ハウスバーグ」とは、ミラーボール氷山を融合したようなもの。ゲイツ氏の造語だ。これはシカゴのハウスミュージックの歴史を映し出すとともに、環境保全気候変動氷河のゆるやかな消失についての静かな試案を促すものだそうだ。

ゲイツ氏は、この作品を音楽と一緒に楽しむことを前提に制作したそうだ。そう、ここでも音楽が流れていた。黒人音楽、というか多分ジャズなのだが、時々日本の民謡を歌っている人が歌っているでしょ!という声だったりする。分るかな、私の大好きな八木節を歌っている人みたいな。これぞまさにアフロ民藝。

そして、ここはジャズバー。

それにしても、すごい数の徳利1000本だとか。こちらがとっくりだ。信楽焼(しがらきやき)の「貧乏徳利」というもの。

貧乏徳利というのは、家庭で飲まれたあと、酒屋に戻されて再び酒を詰められる、再利用可能な陶磁器製の古い酒瓶だそうだ。まあ、昔からビール瓶なんかも酒屋に戻したよね。最近はマイボトルが使われるようになってきたけれど、昔はやっていたのよね。よく子供に酒を買いに行かせる飲んだくれの父親が出てくるドラマで、子供が徳利を持って酒屋へ行ったりするの、観た事あるなあ。

こんな↑絵も。ポップでかっこいい。あれ、マティスじゃないよね?目をごしごし。

ちなみに、ゲイツ氏が貧乏徳利へのオマージュとして、常滑で新しく作ったというオリジナルの酒が、澤田酒造の「白老」だそう。飲んでみたいねー、と皆で言い合った。飲めない人もちょっと飲んでみたいと言っていた。うん、なんか無性に日本酒が飲みたくなったぞ。

これで最後まで観た。このあと午後2時からオルガン演奏があるとかで、先ほどのオルガンのところへ戻った。

すると、すーっと男性が現れ、いきなり演奏が始まった。

私はエレクトーンは弾けないのだけれど、ボタン操作や足の動きなど、分からない事だらけ。ジャズを弾いているのか、右手はすごく速く動かしている。あとベースが聞こえるのだが、その2つの音しか聞こえない気がするのだ。そして、動きをじーっといていても、左手と左足は同じ動きをしているような気が。やっぱり、右手があんなに動くとなると、左手と足と別々に動かすのは無理なのか?などと思っていたのだが。

後で一緒にいたメンバーたちが、左手がベースで、足はドラムだろうと話していた。ドラム!その発想はなかった。でも、たまに左手でボタン操作をした時、足だけは動いていて、その時にベースは無くなってなかったから、やっぱり足がベースだと思うのだ。うーん、分からない。

まとめ

ミュージアムショップでは、酒屋の前掛けとか、抹茶とかが売っていた。それからアフリカっぽいキーホルダーみたいなのとか。欲しかったのだが、やはり思った以上にお値段が。そうだ、嫌な事を思い出してしまった……。

愛・地球博が名古屋で行われた時、家族で行ったのだ。雨が少し降っていて、子供は小さく、下の子は夫が抱っこバンドで抱っこしていた。アフリカ館は広くて、夫が子供を見ているから自由に見てきていいと言ってくれた。それで、1人で見て回ったのだが。赤い物で作られたネックレスと、小さい太鼓が気になった。でも、なんだかアフリカ人に話しかける勇気が出ず、それに、買ってもしょうがないかなーと思って。いや、勇気が出ないものだから、買ってもしょうがないと自分に言い訳していたのだ。結局何も買わずに出てきたら、夫が小さい鹿の置物を持っていて「これだけ買ってみた」と言ったのだ。それを見て、私は泣きそうになった。自由に時間を使わせてもらったのに、私は何をやっているのだと自分を責めた。それ以来、旅行などに行った時には、迷ったら買う事にしている。マジでトラウマ。

つまり、アフリカの物は可愛い。以上。

いや、それで終わりではない(笑)。このアフロ民藝展では、黒人解放運動などとの関連したアートを観るものだと思っていた。それもあったが、とにかくゲイツ氏が多才で、色々な方面から文化・芸術へ攻めていくものだから、この展覧会だけでは紹介しきれないのかもしれない。も、看板も、オブジェも、音楽も。

今回の展覧会がアフロ民藝、つまりアフリカ系アメリカ人の文化と日本の文化との融合がテーマだったのだから、ブラック・イズ・ビューティフルなどの方は少な目だったのだろう。ゲイツ氏はまだ現役だ。これからの活動にも注目していきたい。

同展は9月1日まで。六本木ヒルズ森タワー53階。公式ホームページはこちら→シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝 | 森美術館 – MORI ART MUSEUM