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大阪・関西万博2025ボランティア~最終日

4月20日、日曜日。この日が万博ボランティア最終日である。5泊6日の大阪滞在も最終日。活動が終わったらその足で閉館間近の彦根城へ行き、東京へ帰るという予定を立てているチョコナッツ。果たして予定通りに無事帰れたのか。

夜中の苦悩

23時過ぎに寝床に着いたのだが、0時、1時、2時と時計を見てしまい、3時にはトイレに起きた。その後は腰やふくらはぎ、首が痛いというか苦しくて、揉んだりストレッチをしたり、薬を塗ったり。その後少しは眠ったようだが、5時半に目覚ましで起きた。目がめっちゃ眠い。

これだから、むしろビールの1缶でも飲んで寝れば良かったのだ。だが、どうしても飲む気になれなかった。これまであまり眠れない日が続いているのに、突然ぐったり寝てしまったら起きられないのではないか。翌朝頭痛になるのではないか。そして、朝しなければならない事を忘れてしまうのではないか。色々と怖くて。

起きたら朝ごはんを食べ、スーツケースに全ての私物を入れた。5日間ベッドサイドや机の上に置きっぱなしだったものは要注意。ベッドの下も確認し、時間は割とギリギリだったが、予定通り部屋を出た。6:50である。

夕べ目薬を点したら、あと2回分くらいしかないと気づいてびっくり。1週間ほど前に久しぶりにコンタクトレンズを再開したのだが、やっぱり慣れなくてしょっちゅう目薬を点していた。大阪に来た時に封を切ったというのに、まさかの5日で無くなるとは。1カ月1本のはずだったのに。

毎日駅からホテルに帰る時、いくつもドラッグストアを見てきた。何でもいいから目薬を買っておけば良かった。朝シフトの今日、活動の前はドラッグストアは開いてはいまい。困ったと思っていたら思い出した。ものもらいが出来そうになった時の為に抗菌目薬を持ってきていた事を。とにかくこれを点すしかないという事で、ポシェットに入れた。

同じような話がもう1つある。目薬の点しすぎで目尻が痒くなった。眼科でもらった痒み止めの塗り薬を持ってくれば良かったと後悔した。メンタムのような物も持ってきていないし、困ったと思っていたのだが、1日くらい経ってから、小さいムヒを持っていた事を思い出した。いつも持ち歩いていたのだ。ムヒは虫刺され用だと思い込んでいたが、痒み止めだ。目尻に塗ってみたら痒みが止まったのだった。

余談はこれくらいにして話を戻そう。ホテルの部屋を出て、機械でチェックアウトの手続きをした。ホテルの人とは会話もなく、一人でホテルを出る。狭い部屋だったけれど、5泊もお世話になった。また泊ろうとは思わないが、愛着が湧かないと言ったらウソになる。

が、あまり余裕もないので振り返りもせず、駅を目指した。スーツケースにリュックにポシェットという大荷物。速く歩けないのだ。

そういえば、初日に着ていたコートは、この4日間ずっとホテルの部屋に掛かっていた。暖かい日が続いたので着る必要がなかったのだ。これを着ないで持ち歩くとまた荷物になる。だから、今日が涼しくて助かった。朝だからというのもあるが、今日は昨日までとは違って曇りで、気温も低いという予報だった。

元々、この日曜日が雨予報だった為、私は靴をどうするか迷ったのだった。本当は、東京2020のボランティアシューズを履いてきたかった。あれはグレーと紺なので、万博ボラのユニフォームにピッタリなのだ。しかし、あのシューズは上面がメッシュなので、少しの雨でも中まで濡れてしまう。白いスニーカーだったら濡れないので、そっちにしたのだ。白い靴のせいで、余計にラフな感じになって中之島などで浮いてしまったのだが。

今回、幸いにも雨に降られなかったのは奇跡だ。これでは雨女返上だな。雨が降らないに越したことはないが、雨の体験もした方が、ブログ的においしかったのだが。

コインロッカーへ

何度も通った地下道を、大阪駅に向かって歩く。いつもとは違う時間なので、地下道にたくさん連なる店が全て閉まっていた。しかし流石大阪。東京もそうだが、日曜でも朝早くからけっこう人は歩いているものだ。

地下から地上へ出る階段のところで、隣にエレベーターがあるのが分かった。乗る人が何人かいる。私も一緒にそこへ乗った。乗って、他の人と一緒に下りて、愕然とした。そこは知らない場所だったのだ。

一瞬狐につままれたような気がしたが、私はただ、1階で降りずに2階に来てしまっただけだった。びっくりした。仕方なく、またエレベーターに乗って1階に下りた。何をやっているのだか。

1階でエレベーターを降りると、いつもの道だった。大阪駅はすぐ目の前だ。そして、目を付けておいたコインロッカーへ。

コインロッカーは、やはり朝なのでほとんど空いていた。良かった。下の段の小さい方を開けてスーツケースを入れてみた。入った。リュックからパソコンと目覚まし時計も取り出し、ロッカーの中に入れた。これらは、キャスターでゴロゴロ運ぶと壊れるかもしれないので、リュックに入れて持ち歩いていたのだ。

こういうロッカーには、何度かスーツケースを入れた事がある。それに、この間鍵の掛け方などを画面を読んで学んでおいたので大丈夫。画面にSuicaをピッとやって、ガチャっと鍵を掛けるのだ。領収書にロッカーの番号が書いてあったが、一応写真も撮っておこう。

いやー、無事に入れられた。そして、目の前の改札口から入った。

例の、改札の中のロッカーはどうだろうか。やっぱり気になるので見てみた。すると……全て空いていた。そりゃ、こっちに入れたかったけどね。でもいい。危険を冒さなかった、それだけだ。

夢洲駅のぐるり

夢洲駅に着いた。まだ万博は開場前の時間だが、大勢の人が電車を降りた。

今まで通り、地上へ上がってすぐ左へ曲がったが、いつもある「関係者→」という看板がおかしい。文字が逆さまになって、一部隠されている。メガフォンで「AD証を首から下げてお通りください」などという声がずっと聞こえていた。

建物をぐるりと回る。前に1人だけ人が歩いていたが、他は全然こちらを歩いていない。後から考えれば、この時間にこれだけたくさんの人が夢洲駅にやってきたのに、そのほとんどが観客なわけがなかった。

何かおかしいと思いながら、ぐるりと回っていつもの手荷物検査のところへ行くと、駅を出てそのまますぐ、その手荷物検査のところへと人が流入していた。そう、私はまた無駄に歩いたのだ。別にぐるりと回るのが間違いではない。回って、ちゃんと道が出来ていた。だが、まだ開場前のこの時間は、スタッフやボランティアもぐるりと回る必要がなく、駅を出てきたらまっすぐ歩いて入れたのだ。すごく遠回りをした。

ボランティアセンター(ボラセン)には7:50に着いた。そういえば、いつもボラセンの扉には張り紙がしてあって、ボランティアセンターは8時から入れるというような事が書いてあった。そうだ、だからこの辺に人だかりが出来ているのか。

8時まで待たされるのかと思っていると、すぐに入って良い事になった。そしていつものように、更衣室で着替え、リュックをロッカーに入れ、今度はすぐに自分の役割のところへ。そして、

「出席を取ってから座ってくださーい」

と言っているディレクターさん。見ると、一昨日ご一緒したディレクターさんだった。帽子を緩く被る若い男性。そこへ行って名前を言ったが、特に反応なし。座ってから、昨日ご一緒したアシスタントディレクターの可愛い男の子もまたご一緒する事が分かったが、あちらも全く反応なし。私の事は全く覚えていないようだった。まあ、たくさんいるおばさんの1人ということで、特徴がないのだろう。名前にも特徴がないしね。

何回目?5回目

今日は東エリアのエリア活動だ。これが最後。今のところはそのつもりだ。

また周りで、今日が何回目かという話になった。1回目の人が多い。そりゃまだ始まって1週間だからね。そう、ちょうど今日で1週間。1週間前に開幕したのだ。

ロッカーの鍵を失くす人が多いらしく、最初はAD証の後ろに入れるのがお勧めだと言われたが、その翌日にはそこに入れてくださいと言われ、その翌日には入れてちゃんと蓋を閉めるところまで指示された。そんな風に、毎日改善がなされているようだ。

私が5回目だと言ったら、当然皆さんが驚いた。そして、やはり東京から来たという話で盛り上がる。

今日一緒に活動するチームメンバーは、京都から来たという美人な女性と、70年の大阪万博に5歳の時に来たという女性、そして無口な男性だった。京都の女性は、自分も昔東京に住んでいた事があると言っていた。4年くらいと言ったかな。東京のどこに住んでいるのかと聞かれた。あちらはうちよりももっと西の方だった。なんかデジャヴ?いや、2日目の活動でご一緒した大阪のおばちゃんも同じような事を言っていたのだ。

ディレクターさんが説明をしてくれたのだが、今日はやけにタブレットの使い方をよく説明してくれた。いや、私がよく聞こうとしたのかもしれない。今までは、出来る人が持っていて、全てお任せ状態だったのだ。今日は私の前にタブレットがあり、京都の女性と一緒に操作をしていたのだが、途中で分からなくなってしまった。だが……。

京都の女性と無口な男性が、タブレットは使いにくいから、スマホの方がいいと言って取り合わない感じだった。しかし、私の経験上けっこう使えると思ったので、少なくとも地図に載っていないようなイベントの一覧表は出せる方がいいと思ったのだが、それが出せずにモヤモヤしていた。だが、電波が悪いから開けないとか何とか、後から思えばちょっと揉めた。そのせいでディレクターさんに「聞いてください」と注意されてしまった。

後で私が使い方を質問したのだが、結局タブレットを持っていたのは京都の女性で、私は全く使わないという(笑)京都の女性はけっこう使っていた。

今日も、ボードにメッセージを書く事になった。ディレクターさんが今までの写真を見せてくれた。だんだん蓄積されるデータだな。私が今までの経験から、漢字で書く方がいいと言ったら、私が書く事になった。あまり自信がなかったのだが、書いたら字が上手だと言ってくれる人もいた。ただ、それを太字になぞって、しかも時間がなくて、仕上がりはあまり上手くない。だが、大阪の女性がミャクミャクを描いてくれたので、それなりに良い物になった。

これを持って、いざ出発になった。今日はまた、今までとは違う場所へと移動した。

エリア活動開始

ディレクターさんに連れられて移動する時、気づいたら女性3人でしゃべっていて、無口な男性の姿が見当たらない。

「男性1人だから、つい女性3人でまとまちゃって申し訳ないね」

などと話した。あの人無口だよね、みたいな話も。でも、自ら望んでこのボランティアをやっているのだし、コミュニケーションが嫌いなわけはないよね、などとも話した。私は口には出さなかったが、もしかしたら、お客さんにうんちくを語ってしまうタイプかなと思った。だが実際には、お客さんに、ではなかったのだ。その話は追々話そう。

意外に、エリア活動をする場所が被る事がなかった。最後の今日は、~広場という名前のある場所ではなく、コモンズ館Aと静けさの森の間の、名前のない遊び場のような休憩所の前だった。

その休憩所の奥に、インフォメーションがあった。あんなところ、絶対に偶然見つける事はない。聞かれたら答えればいいと言われたが、案内されるまでは何かがあるとは思えない穴倉だった。そして、その休憩所の隣には校舎のような雰囲気の建物があったが、これにも名前がない。何となく工事中っぽい。これは何だ?

そこに立つ頃には、9時を少し過ぎていて、お客さんがどんどん入場してきていた。おはようございます、と声を掛けていく。あまり返事を返してくれる人はいない。皆さん急いでいる感じだ。

そして、急いでいるのに目指すパビリオンの場所が分からない人も多い。

アメリカ館はどこですか
西ゲートはどっちですか
中国館はどこですか

などと聞かれた。大阪の女性はXで無料で配っていたという地図を印刷してきていて、それには地図上にパビリオンの名前が記入してあった。聞かれたらその地図を見せてもらって答えた。

曇っていてジメジメしていた。空模様は怪しいが、予報によると雨は降らないらしい。

まだあまり人が通らない。近くのパビリオンからは、

「10時の回はご予約なしですぐにお入りいただけまーす」

などという声が聞こえていた。朝一で入ればすぐに入れるところもある?

無口だった男性は、ボランティアは今日が2回目だそうだが、色々と詳しかった。ボランティアをやる人で大阪在住の人は、ほぼ100%の人がテストランに来たようだが、この男性はそれのみならず何度か来ているようで詳しく、私がまだ知らなかった事、当日予約入場して10分後から早い者勝ちで予約できるから、迷っていたらあっという間に埋まるとか、3日前予約も早い者勝ちだとか、色々教えてくれた。やっぱり観客として来る際は、朝一で来ないとだな。

それから、人気のある日本館の事を「あれはつまらない」とか言う。後で京都の女性に、

「ボランティアなんだから、そういうネガティブな発言はよくないですよ」

などと言われていた。自分に合わないと言えばいいとか。そうしたら男性は、SDG’sに興味のある人だったら面白いかもしれないと言っていた。興味ある人いるって。

それからその男性、語り始めるとこちらを向いて夢中でしゃべってしまう。2つの意味でよろしくない。1つは、4人で並んでいるのに、2人に向かってしゃべってしまい、1人に背を向けてしまう事。もう1つは、お客さんそっちのけでしゃべってしまう事。ボードを持つと言ってくれたのはいいが、掲げないで下の方でただ片手で持っているだけなのだ。

さて、中国館はどこですかと聞かれ、地図を見せて説明したものの、本当にそっちにあるのか、距離感がどのくらいなのか、実際に行って確かめてくると言って、私はそこから中国館を目指して歩いてみた。

ところが、なかなか中国館に辿り着けない。例によって静けさの森は迷いやすい。ぐるっと回って行くと食べ物などが売っている店がたくさんあったが、パビリオンが全然ない。

単独行動は避けてください、と言われていたので、このままずっと一人で歩いていくのは良くないと思って、引き返してきた。しかし、

「辿り着けなかった。遠い」

と言い、単独行動は良くないと思って戻ってきたと話したら、チームの3人はこぞって、誰かが知っておいた方がいいなどと言って、中国館まで行ってきた方がいいと言う。歩くのが疲れるから嫌だとは言えず、私はまた中国館を目指して歩いていった。

しかし、意外と遠いし、迷った。歩いて行ったらいつの間にかいのちパークに出てしまい、さっきのところを右折だったかと引き返し、やっと中国館の前に辿り着いたのだった。

変なところに水たまりが出来ていて、雨は降っていないよな、などと不思議に思ったところがあったが、後々ニュースで水浴びをする子どもが映り、あの水たまりはそういう訳で出来ていたのか、と知るのだった。危うくボチャンと足を突っ込んで靴を濡らすところだったよ。だけど、池のように囲われてもいない、単なる水たまりだ。雨が降れば普通に雨水がたまるだろう。どうやって管理しているのか。管理してないのか?そこで水浴び?えー……。

水浴びする程暑くないのだが、パーカーを脱ぎたいくらいには暑くなった。連日の歩き過ぎで、私の足はだいぶ疲労が溜まっているのだ。しかも、気づけばそろそろ10時になろうとしていた。また探されてしまう。私は走るようにして持ち場へと戻った。うへえ、暑い。疲れた。

何とか10時までに戻った。汗をかいた。そこへアシスタントディレクターさんがやってきて、そろそろ10時なので案内板のところへ集合してくださいと言った。ギリギリ間に合った。

休憩

まとまってボラセンに戻ってきた。そして、1時間後に出発できる状態でまた集合してと言われ、解散になった。隣のチームとうちのチームの女性たちは皆、従業員食堂へ行くと言った。私は、遠いから行かないと言った。急いだ方がいいですよと言ったら、大阪の女性は着替えをするから、皆に先に行っていてと言って更衣室へと入って行った。彼女は70年の万博に行っているという事で私よりも年上なのだが、驚くほど薄着だ。活動中も半袖だったし、上に羽織る事などせず、白い半袖、というよりノースリーブに近いような服に着替えるという。細い体なのに、どうして寒くないのだろう。元気で羨ましい。

時刻は10時20分頃。まだお昼には早い時間に感じるかもしれないが、朝が早かったのでお腹が空いている。今お昼を食べてしまえばちょうど良い。活動が13時に終了したらすぐに電車に乗らねばならず、食べている暇がないと思っていたのだ。そう、今食べないと13時まで食べられないから、どのみち何か食べた方がいい。

私は、近くのキッチンカーを目指した。この間ユーハイムのキッチンカーでアイスを食べたが、あの辺りにいくつかキッチンカーがあって、確かホットドッグがあった気がする。ホットドッグにしようと思った。

大屋根リングの手前に、やはりユーハイムのキッチンカーがあった。だが、もう1つのキッチンカーもよく見たらユーハイムだった。やはり甘い物しか売っていない。あれ、そうだっけ?いつもこの2つだけだったか?

大屋根リングを越えてすぐにもキッチンカーがあったよな、と思ったがそれは西ゲートの方だった気がする。あとは……あのスパイファミリーのキッチンカーはどこだっけな。静けさの森辺りにはたくさん食べるところがあったし、とにかく真ん中の方へ行ってみよう。

歩いて行くと、確かにキッチンカーがいくつも出てきた。だが、どれも甘い物ばかりだった。魅力的なものもあるが、今はとりあえずお昼ご飯を食べたいので、ソフトクリームなどではなく、ご飯ものが欲しい。

あ、ホットドッグ発見。テラス席があって、周りにキッチンカーがいくつかある場所を見つけた。大きなホットドッグの皿を囲み、男女3人で自撮りをしている若者がいた。キッチンカーへ近づいて行くと、西洋人の男性が、大きなホットドッグにかぶりついていた。大きいなあ。小さいのあるかなぁ

と、キッチンカーに近づいたところで、屋根(テント?)に日本語で書いてあった。

カットできません

こりゃ小さいのなんてないわ。でっかいのが1500円くらいで、お値段はむしろ割安かもしれないが、いくらなんでも私1人では食べ切れない。とはいえ、誰かとシェアしようとしても、カットしてもらえなかったら無理じゃないか?よほど親しい間柄の、親子とか恋人だったら一緒に食べてもいいけれど。

万博なんて意外と1人で来る人も多いのだから、カットを承るかハーフサイズを売り出した方が売れるのではないか。とにかくホットドッグは諦めた。隣のキッチンカーは……ソフトクリームか。

次へ行こう。どんどん歩いて行くが、やっぱりない。あれー、スパイファミリーはどこだっけ。しかし、焦っていて思い出せない。今から考えたら、検索すればよかった。多分アプリで検索出来た。けれども、お店ならともかくキッチンカーは移動できるもの、というのが頭にあって、地図にも載っていないと思ってしまったのだ。

しばらく歩いて行くと、さっき中国館を探していて前を散々通ったレストラン街にやってきた。店の前で腕組みをして考えたが、どうも違う。もうちょっと軽く食べられるものがいい。もう少し歩いて行くと、ピザが目に入った。

ピザはちょっと多いかなと思ったら、ポテト&フリットというのがあった。これにしよう。私はこの時、このお店が「らぽっぽ」だという事に気づいていなかった。だから、このポテトはジャガイモだと思っていたのだ。

ハニーソースケチャップのどちらになさいますか」

と聞かれて、甘いのは違うだろと思ってケチャップにしたのだった。

歩きながら食べるつもりで注文したのだが、出てきた物を見たら、手が油だらけになりそうだし、落とすといけないから座って食べる事にした。座る所は驚くほど空いていた。

今日は日曜日なのに、昨日とは打って変わって空いている気がする。昨日は午後からだったからか、などと思ったが、多分日曜日より土曜日、連休なら最終日よりもその前日の方が混んでいるのだと後から分かった。昨日は暑くてしんどく、今日の方が少しは涼しくて楽なのにね。やっぱり次の日の事を考えると、疲れると分かっている万博には来る気にならないか。

フライドポテトがサツマイモなのでびっくりした。フリットは中身が何だか分からないくらい薄くて、衣ばっかりでしょっぱかった。しょっぱいフリットに甘いサツマイモ。なるほどバランスはいい。そして、サツマイモがたくさんあって、だんだん甘いのが辛くなってきて、そこにケチャップがいい。ケチャップで正解だった。甘い物好きな人だったらハニーソースでいいけどね。それに塩分を摂り過ぎてしまうしね。

帰り際にメニューの写真を撮っておいた。フリットの中身は白身魚か鶏肉だろうと思っていたが、どうやら豚肉だったみたいね。

11:06である。休憩は11:20まで。お化粧直しもしたいし、頑張って帰らねば。

急ぎ目に歩いていき、大屋根リングにもうすぐ着こうかというところで、ミャクミャクが見えた。だが、その見えたミャクミャクの後ろ姿に血の気が引いた

立ってるやん!あれは西のミャクミャク様じゃ!反対方面に歩いてしまった。そういえば、ここは初日に活動した大地の広場。コモンズ館BとCが向かい合っている場所だった。

もう、何をやってるんだよ。先ほどの空いているという発言を撤回する。人がたくさんいて歩きにくいったら。とにかく疲れた体にムチ打ち、急いで東ゲートへと向かった。西ゲートまで行ったわけではないが、西ゲートから東ゲートまでは30分かかると言われている。あと10分で着替えまで済ませる事が出来るのか?

活動後半

化粧直しはできなかったが、何とかギリギリ間に合った。遠い従業員食堂へ行った人たちの方がよっぽど余裕があった。だが食堂はまだモーニングメニューで、あと数分で普通のメニューだったんだと言って皆さん残念がっていた。

そして、またみんなで移動になったのだった。いやー、体が重いのは寝不足のせいかもしれん。汗びっしょり。パーカーを脱いで、長袖のインナーの上にユニフォームのベストを着た。あーあ、お客さんをおもてなしするのに、顔が汗でベタベタとは。残念。

それにしても、今日は目が楽だった。ここ数日、風も強くて目が乾燥して、しょっちゅう目薬を点していたが、今日は湿度が高いせいか楽だった。京都の女性もやはり目が楽だと言っていた。つまり、あと2回分くらいしかない目薬も、まだ残っていたのだった。抗菌目薬は1度だけ点した。あまり何度も点すのは気が引けるが、今日はそう何度も点さずに済みそうだ。

今度は東ゲートから大屋根リングに向かう途中の、ミャクミャク(座っている)の隣辺りに立った。京都の女性は中国語や英語のバッジをつけていて、頼もしい限り。中国語の人が来てくれないと嘆いていた。

しかし、またここで無口かと思った男性の語りが。そう、彼はお客さんには不愛想だしあまり語らない。お客さんにうんちくを語るタイプかと思ったら、お客さんではなく我々仲間に語るタイプだったのだ。

まだ万博の話ならいいが、京都の寺の話だとか、大阪の観光地の話まで。我々はUSJと訳す事の多いユニバーサル・スタジオ・ジャパンの事を、関西の人は「ユニバ」と訳すのだと今回改めて知ったのだが、

「ユニバ、行った事ある?」

などと聞かれた。ここ10年で比べたら、ディズニーよりもたくさん行ってると言ってやった。まあ、2回なんだけど(笑)

私がこの後彦根城に寄ってから帰ると言ったら、姫路城に行って欲しいな、等と言う。姫路城だと帰り道にならないんだけど。そして姫路城の入館料が高くなった話とか、ずいぶん私と京都の女性に向かってしゃべっていた。大阪の女性に背を向けて

この男性のせいで(多分)、あまりお客さんから話し掛けてもらえない。今日はいつもよりも絶対に少なかったと思う。そりゃ、こちらが夢中でしゃべっていたら、話し掛けづらいよね。他にもボランティアはいるのだし、そっちに声を掛けに行くだろう。全くね。

それでも、やはりボードと一緒に写真を撮りたいという人もいた。ある、赤ちゃんを連れた3人家族が写真を撮りたいと言って、大屋根リングを背に写真を撮ってあげた。この時、赤ちゃんをまずベビーカーから抱っこして、そして赤ちゃんがなかなかこっちを向かないなど、時間がかかった。

実は、写真を撮るという事になった時、「あ、自分も撮って欲しい」と思ったであろう1人の男性客がいた。離れた所で赤ちゃん連れのお客さんを見守っている。その赤ちゃん連れの人の写真を撮ってあげたのは私ではない。私はその男性を、次に撮って差し上げようと思っていた。

赤ちゃん連れに時間がかかってしまったし、他にもボードを持っているボランティアがいるから、そっちへ行くかなーと思っていたが、その男性は他へは行かなかった。一度は諦めたようにちょっと我々から離れたのだが、やっぱり近く戻ってきた。赤ちゃん連れの写真撮影が終わった時、私はその男性に声を掛けた。

「撮りましょうか?」

そうしたら、遠慮して近づいてこなかった男性は破顔して

「おじさんでもいいですか?」

と言う。

「もちろんですよ。私もおばさんですから」

などと言って、ボードを差し出すと、

「おじさんなのにすみません」

と、何度もおじさんなのにと言いつつ、ボードを持って写真を撮った。そうしたら、例の無口かと思ったら違った男性が、

「一緒に撮れば良かったんじゃない?ああ、でも色々と問題になるか?」

などと言った。何の事が一瞬分からなかったが、私も一緒に写真に納まってあげれば良かったんじゃないかと言ったようだ。けれども、もし相手に奥さんがいたりして、この女性なに?となったら困るみたいな下世話な話だったようだ。こんな帽子を被ったおばさんが一緒に写っていても、目くじらを立てる奥さんはいないと思うが、そもそも一緒に写る必要がない。もしボランティアさんも一緒にと言われたら、あんたが積極的に一緒に写ってくれれば問題ないじゃん。

ボランティアさんは、9割以上がいい人だ。ボランティア精神にあふれている。だが、たまに問題行動、問題発言をする人がいる。今日ご一緒した男性は、それほどの問題行動ではないけれど、ボランティアさんには珍しいタイプの人だった。あまり人を悪く言いたくないが、次はご一緒したくない。出禁にしてとまでは言わないが。そうね、どうにか伝えたいね。そうやってしゃべりまくっているとお客さんが話し掛けづらいよと。なかなか年上っぽい男性に意見するのが難しい。京都の人はけっこうはっきり言っていたな。さすが京都人。京都っぽい人だったな、綺麗でね。

そう、その綺麗な京都の人は、私が東京から泊りがけで来ていると聞いて勇気をもらったと言っていた。自分も少し遠いところで通訳のボランティアをやりたくても、夫の手前出られないのだそうだ。けれども、もっと遠いところでいっそ泊りがけで行ってしまえば行ける、と思ったようだ。私なんかでも人の背中を押したり、勇気を与えたりする事があるのだな。

小休憩~活動終了

1時間ほど活動した後、大屋根リングの下で小休憩を取る事になった。一昨日、同じディレクターさんの時にもそうだったが、同じディレクターさんだからなのか、今は全てがそうなったのか分からない。

ボラセンに戻らないのでユニフォームのままだが、ベンチに座った。うちのチームと隣のチームの女性たちがそこに座った。なんだか分からないが、私が東京から来てずっと泊って5日連続で活動した話にフォーカスが当たっていて、質問などをたくさんされた。もう5日間語り尽くした感があり、しゃべりたい欲も薄れていたのだが、皆さん目をキラキラさせて聞いてくれた……気がする。すごいねーって。

でもまあ、すごい事をしたのかもしれない。何しろもう、筋肉疲労寝不足でなんだかフラフラ。それなのに、この後また更に大変な事態が待ち受けている事を、まだまだこの時には知らないチョコナッツであった。

また先ほどの東ゲート広場に立った。ミャクミャクの横ね。ローソンの場所を聞かれたり、インフォメーションの場所を教えたりしたのだが、

「あの建物の向こうを、右に行くとあります」

と手で示しながら教えたら、建物を越える前に右へ行ってしまったお客さんが2~3人いて、むしろ建物の左側を行けばあると言ってあげればよかったと後悔した。追っかけて行く程の元気がなかった。申し訳ない。

立っている場所は東ゲートから近いようでも、ローソンやインフォメーションの建物が見えないのだった。オフィシャルストアも。それらの場所を伝える場面が多かったのだが。

そういえば、京都の女性がオフィシャルストアって、英語で言うとおかしいと言っていた。オフィシャルじゃないストアは何だ、偽物か、となるって。日本ではオフィシャルストア以外は、民間のとか、企業のストアだと思うだろうが、英語でオフィシャル以外というと、ヤミとか、認定されていないまがいもの、という感じになってしまうのだろう。確かにね。公式じゃなくて、直営みたいな感じにすればいいのかな?英語がよく分からんけど。

全ての活動が終わった。同じチームの人のみならず、他のチームの人たちまでも、気を付けて帰ってね、また来ますか?などと温かい言葉をかけてくれた。あと1回は来る、チケットを買ってあるからと言ったら、おーという歓声まで上がった。関西の人は遠くから来てくれるのが嬉しいみたいだ。

13時になってボラセンに戻ってきた。いつものようにすぐに解散。みんなで写真を撮ろうという話になったが、トイレに行ったりしてすぐに出なければならないからと、私は写真を遠慮した。みんなは撮って帰ってねと。

トイレに行って化粧直しもして、水筒に水も入れたりしていたら、薄着の大阪のおばちゃんと会ってしまった。まだ居たの?って感じだよね。

13時半頃の電車に乗れたのだが、そこで話し掛けられた。

「東京からいらした方ですよね」

さっき一緒にエリア活動をしていた人だった。何かと私が注目されていたので、あちらは私の事を覚えていたよう。けれど、私は皆さんの顔までは覚えられなかった。というか、やっぱりまだ居たの?だよね(笑)

さて、おうちに帰るまでが遠足だが、途中で彦根城に寄るので、一端このブログはここで終わりにしようと思う。すぐ次に彦根城観光と帰京のブログを出そうと思う。この後どんな事態になるのか、どうぞお楽しみに。少なくとも無事に東京に帰れた事だけは確かである。今東京にいるからね。だが、その後も大変な事になったり……ブログはまだまだ続く。

だが、万博のボランティア活動のブログは終わりである。たくさん書いたな。まだ、やろうと思えばあと5日活動できるのだが、そう簡単には行かれまい。今の所、これで終了だ。これまでブログにお付き合いくださった皆様、ありがとう。