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【読書感想文】夏目漱石「道草」を読んで

2022年1月13日(木)

物語の概要

主人公は「健三」という男である。妊娠中の妻と二人の娘がいる、大学で教鞭を執る男である。

健三は、あまり良い奴ではない。魅力的ではない。妻ともあまり仲が良くない。威張っていて、意固地で、稼ぎもあまり良くない。しかし、結局は自分を頼ってくる人達を助けてしまうお人好しでもある。

物語は、ある老人と道端ですれ違う所から始まる。健三はその老人を見て嫌な気持ちになるのだが、なかなかその老人が何者なのかが明かされない。読んだのに忘れているのかと思って、幾ページか遡って目を通したくらいである。だが、徐々にその老人の正体が明かされて行く。

健三は、子供の頃養子に出された事がある。子供の居ない夫婦に育てられたのだが、その夫婦が離婚する事になり、実家へ戻された過去があった。謎の老人は、養子に出された先の養父だった。今更もう関係ないはずなのに、自分の前に現れるという事は、年老いて金に困っているから養ってくれ、という意味ではないか。そういう事で嫌な気持ちになったのだった。

健三には既に両親はなく、兄と姉が同じ東京に住んでいる。健三は大学で教師をしているので、周りはお金を持っていると思っている。しかし、実際にはほとんど余裕がない。それでも、姉にはいつも小遣いを渡していた。

ぜんそく持ちで、夫がよそで金を使っているのに気づかないでいる姉。そして、没落した妻の実家。更には先ほどの元養父に、元養母まで、健三に金をせびりに来るのだ。皆、歳を取っても稼ぎの良い子供がおらず、健三に頼るしかないのだ。

面白かったところ

初めは、妻との関係があまり上手く行っていない、という内容の物語かと思った。お互いに思いやりがなく、すれ違う。しかし、なんだかんだと話もするし、妻のアドバイスを聞くこともある。妻の事をとても心配したりする。意外に、この夫婦は上手く行っているのだ。

健三の職業が、なかなか出てこなかったのが面白かった。最初は勤めに出ている事しか分からない。そのうち、仕事の中には家での執筆も含まれている事が分かる。そして、若い学生と話す機会があることが分かってきて、終盤になってやっと教壇で授業をするという内容が出てくる。

面白かったのが、冬休みにしなければならない作業の話だった。決してコメディ調ではなく、健三はそれでほとほと困っているのだが。

それは、汚い字で書かれた大量の原稿用紙に向かい、赤筆で○やら△やら×やらをでたらめに書いていく作業だ。いくらやっても終わらないと書いてある。途中で老人が金をせびりにやってきて中断し、その後にまた始めるが、先ほどと精神状態が違うので、採点に不公平が出るのではないか、と書いてある。

作者の夏目漱石も、大学で教鞭を執っていた。その時の経験から出たエピソードなのかと考えると、興味深く、面白い。周りが思う程金がないというのは、謙遜なのか本当の事なのか。大病院の勤務医なども、思われるほど高収入ではないと聞くから、勤め人の立場では、それほど高収入は見込めないのかもしれない。

読んで感じた不安

この話を読んで一番感じるのは、将来の不安だった。私の将来ではなく、子供の将来だ。

我々の世代は、高度経済成長の最中に働いた親がいて、年老いた後も我々よりも財産を持っている人が多い。だから、年老いた親の面倒を見るという話を、あまり聞かない。また、あの頃は貯金しておくと増えた時代だ。稼いだお金を運用し、働けなくなっても貯金を取り崩して生きていける場合が多いのかもしれない。

もちろん、そうではない人もたくさんいるだろう。しかし、今後はそのように老後の蓄えが十分ある人がどんどん減るのではないか。

社会的な目線ではなく、個人目線で考えると、もっと切実な考えが浮かぶ。将来、夫や私が働けなくなった時、年金だけで暮らしていけるのか。私の小説がものになっていれば大丈夫だが、そうではなかったら。それでも、夫婦二人や、私一人なら何とかなるだろう。だが、子供のいない義理の妹が、働けなくなった時はどうだろう。会社員勤めをしたことがなく、年金もわずか。私や夫よりも長生きしたら、その面倒を見るのは私の子供だろうか。

将来、私や義理の妹が、息子に養ってもらう事があるのだろうか。息子の稼ぎが良ければいいが、そうでなかったら・・・。そういう事を考えされられる話だった。

明治の時代には、年金制度がなかった。老後の面倒は子供が見るものだったのだろう。だが、子供がいなかったり、子供の稼ぎが悪かったりすれば、路頭に迷うか、他のつてをたどって何とか養ってもらうしかない。その、困った状態を夏目漱石がこの物語に描いたのだ。社会福祉が進んだ今でも、どこか他人事には思えない、過去の話とも思えないものだった。