中島信子先生は、私の義母のお友達である。そういう訳で、児童書ではあるが、先生の本が出る度に義母が私に本を貸してくれる。今回はまだ出版されたばかりの本について、感想を書いてみようと思う。
前半のあらすじ
この本は、小学5年生の女の子「理夢(りむ)」が、2019年から2020年にかけて、コロナと介護に翻弄されるお話である。
理夢は父母と姉と4人で暮らしていた。そこへ、家が火事になってしまった祖母がやってくる。あまり祖母と仲の良くなかった理夢の母は、認知症が始まった祖母から泥棒呼ばわりにされ、家を出てしまう。じきに姉も母のところへ行ってしまい、長距離運転手で三日に一度しか帰ってこない父と、祖母と3人暮らしになってしまった。
そのうち、祖母が寝たきりになってしまう。食事や排泄の世話も、理夢がやらなければならなくなった。コロナのせいで学校も休校になり、マスクなどが手に入りにくい中、必死に買い物と介護をする理夢。とにかく気の毒である。
介護をしてくれる人を見つけようとしても、コロナのせいで役所が混乱していて難しい。祖母の大便を処理するのは本当に大変な事なのだが、ある日同じ団地のおばさんたちに呼ばれ、ゴミ集積所が匂ってきて困るから、大便はトイレに捨てるようにと言われる。
エンタメとしては・・・
この話は、元々「ヤングケアラー」の話だと分かっているので、辛いだろうとは思っていたが、本当に、読むのが辛い。こういう実態を描く事は有意義だとは思うが、読んで楽しい気持ちにはなれない。教材としてはいいかもしれないが、エンターテイメントとしては・・・。
と、真ん中くらいまで読んで思った。これを手にとって、読みたいと思う児童がいるだろうか。いや、いないだろうと。教科書に載せるのはいいかもしれないが、なかなか書店に並んでいても買わないのでは。
後半のあらすじ
後半になる。理夢は推しているアイドルに祈ったり、助けを求めたりしている。これも、今の少女にありがちな事だなあと感心する。ヤングケアラーもそうだが、現代の子供の実態を本当によく現していると思う。
ある夜、同じ団地の友達が尋ねてくる。その女の子の父親は、家族に暴力を振るう。ドメスティックバイオレンスだ。お金にも困っていて、その子の話を聞くと、理夢は自分よりその子の方が不幸だと感じる。
そして、母と姉も尋ねてきた。母は、祖母が寝たきりになっている事を知らなかったと言う。オムツの世話をしている事が分かった例の団地のおばさんが、母に電話をしたのだ。おばさん達が言うには、祖母は寝たきりになる前、母の事をあちこちで泥棒だと触れ回っていたそうだ。理夢も少し祖母に泥棒扱いをされ、母の気持ちが分かるのだった。
父は優しく、祖母の入浴やオムツの買い出しなどを担っている。もちろん、仕事をして生活費を稼いでいる。けれども・・・子供に介護を任せていてはいけないと思う。
物語は、父と母がもう一度よく話し合う、というところで終わる。とにかく、子供にこのまま介護を任せていてはいけないという事にはなったが、実際解決するのは難しいだろう。けれども、一番小さな子供が、一番我慢しなければならないという、非常に理不尽な状況は、許されるはずはない。
最後まで読むと・・・面白い?
途中で、楽しい気持ちにはならない、と思ったこの物語だが、最後まで読んだら、そんな事もなかった。何となく、面白かったと思えた。なぜだろう。解決はまだしていないけれど、解決しそうだからだろうか。
理夢は修学旅行をとても楽しみにしていた。6年生は楽しいと姉から聞いて、6年生になる事もとても楽しみにしていた。けれども、実際は2020年は休校が多く、修学旅行も中止になった学校が多かった。それを考えると、更に理夢が気の毒になるが、その辺は描かれていない。初めの方は、2020年がどんな年だったか知っているだけに、余計に先行きが暗くて心配だったのかもしれない。
また、前半は要所要所に「まだこれからもっと大変な事になるのを、理夢は知らなかった」というような表現が何度か出てきて、読者はますます不安になる。これが読みたくなくなって来るほど辛い要因だと思う。けれども、そこで辞めてしまったらずっと後味が悪い。最後まで読めば、後味良好なのだから。
大人になった時に間違えないように
中島信子先生の作品は、現代の子供の問題を的確に、リアルタイムに切り取ってくれる。この間読んだのは、子供の貧困の話(八月のひかり)や、トランスジェンダーの男の子の話(太郎の窓)だった。貧困問題に関しては、世の中の人が知らない事も多いと思われる。知る事によって、周りが何とか出来るのではないか。これらを教材にして子供達が学べば、見えない問題が見える化(この言葉は本当は好きではない。可視化という言葉が元々あるのだから)するのではないか。
実は、中島先生の作品を最初に読んだ時、どうしても、何度思い出しても涙が止まらない、印象深いシーンがあって、今も頭から離れない。それは、放置自転車のせいで救急車の到着が遅れ、そのせいで子供の命が助からなかったというシーンだ。その後、救急車を見かける度に涙が出てくるくらい、印象深かった。放置自転車は絶対にいけない、と思った。
そんな風に、「絶対にイケナイ事」をあぶり出し、教えてくれるのが、中島信子先生だと思う。だからこそ、子供のための児童書を書くべき人なのかもしれない。でも、本質は子供にではなく、大人に呼びかけている気がする。これを読んだ子供達が、将来大人になった時に間違わないように、きっとそんな願いが込められているのではないか。道徳の教科書に是非載せて欲しい物語ばかりである。