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実在しない「音」を、ものすごく聴いてみたくなる~ごとうしのぶ「忘れえぬ此の花を、此の想いを」を読んで~

この小説は「崎義一の華麗なる生活」シリーズの第三弾である。だが、この本は10年前、現在、10年前、と3区分で構成されていて、タクミくんシリーズからのファンにとっては二重に美味しい作品なのである。

10年前

葉山託生と崎義一は、高校時代から恋人同士だった。しかし、高校三年生の途中で、崎義一(ギイ)は挨拶もなく、突然いなくなってしまった。それから2年、音信不通だったギイ。託生とだけでなく、友人の誰とも連絡が取れずに父親との約束を果たしていたギイ。そのギイに、なんとしても会いに行こうと決意した託生は、音大の交換留学生の座を勝ち取り、ニューヨークへ行くことが出来た。

その交換留学中の話が、この「忘れえぬ~」なのである。何とも、長く待たされたような気もする。大人になった二人の話「崎義一の華麗なる生活」シリーズが始まった時、ギイと託生はどうやって再び出会えたのか、ずっと知りたかったから。

しかし、この話は最初から二人の出会いが描かれるわけではないのだった。託生が交換留学で組んだ伴奏者の少女サツキと、サツキの同室者のカルロッタ。彼女たちとの交流、サツキの抱える問題、葛藤、努力、覚悟、そして勇気。恋愛ではなく、そういった物で読者は散々泣かされる。いや、感動の涙を誘われるのだ。

現在

交換留学の最後の演奏会が終わって、舞台は現在に戻る。現在とは、託生とギイが29歳で、日本で同居していて、託生が大学に勤めていて、これから井上佐智主催のサマーキャンプがあるという、現在である。

託生は九鬼島で行われるサマーキャンプの下見に出かける。そこで、意外な人物に会う。

託生はサマーキャンプでバイオリンを弾く事になっている。しかし、ブランクもあって自信がない。元々自信がないのだが、すっかり衰えてしまったと思っている。その技術を少しでも取り戻そうと毎日練習しているのだが、サマーキャンプまでに間に合いそうにない、と自分では思っている。ややもすると出演を辞退したくなるくらいに。

高校生の時には、託生の一人称で描かれていたという事もあって、託生のバイオリンがどのように、どれくらい素晴らしいかがあまり判然としなかった。事実から、つまり周りの評価から、あまり上手くはないけれど、何か良い物を持っている、特殊な何かがある、という事は読み取れるのだが。

それが、今回は分かるのだ。サツキやギイなどの会話から、託生のバイオリンがどれほど素晴らしいものなのか。

音は、実在しない。小説に描かれるのだから、当然だ。だが、すごく聴いてみたいという欲求に駆られる。そんなに素晴らしいのか!と、こちらも託生のバイオリンのファンになりそうだ。さすが音楽大学を出たという、ごうしのぶ先生。これは、ちょっとでも音楽をかじったことのある人は必読だと思う。何もクラシックでなくてもいい。上手い下手だけでは語れない「音の良さ」みたいなものが理解できる人なら、とてつもない感動を味わえる事、間違いなしである。

音の話だけでなく、下見に同行した同僚の財前の話でも、すごく背中を押される気がする。勇気をくれる物語である。

再び過去

最後に、「奇跡の朝を、きみと」という短い話がついている。これは、10年前にニューヨークで託生とサツキが演奏会を終えた、その翌朝のお話である。

託生とギイが2年ぶりに会えた翌朝。そして、サツキが託生とお別れの日。託生が日本に帰る日なのだが・・・。この後どうなったのか、この後描かれるのかどうなのか。少し中途半端に終わるが、最後はほっこり幸せな気分で読み終える事が出来る。そんな、短いお話である。

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