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大学病院の眼科へ3

このお話は「大学病院の眼科へ2 – たかんなお年頃」の続きである。

15年くらい前から緑内障の治療をしている私だが、ここ2年くらいの間に右目の視力がかなり下がり、メガネを掛けても見えにくくなってしまった。何か重大な病気なのではないか、そしてその治療や手術をすれば視力が回復するのではないか、と思って大学病院へ行ってみたのが1月29日。しかし原因が分からず。もう少し検査をしてみましょうと言われ3月3日に視野検査などをし、やはり緑内障が原因でしょうと言われ、更に詳しい検査をしましょうと、4月2日に検査の予約を入れたのだった。

大学病院へ

3月3日も雨だったが、4月2日も同様に冷たい雨の日だった。歩いて25分くらいかかる大学病院へ行き、再来受付の機械に診察券を通す。

まだ導線が整っていない。出てきた番号札に「保険証を持って受付へ」と書いてあるのだが、マイナ保険証を通す機械は受付ではなく会計窓口にある。そちらへ先に赴くしかない。

そもそも、会計窓口がいくつもある大学病院なのに、マイナ保険証用の機械が1つしかないのが変だ。そして、この機械は会計窓口ではなく、入り口から入ってすぐのところにあるべきだ。

未だに病院内に入る時には体温を測らされ、マスク着用を求められる。手指消毒は任意のようだが。まあ、病院に感染症を持ち込まれると大変だというのは分かるし、これからもずっとマスクや検温は続いて行くのだろう。

さて、前回は予約したのに40分も待たされたが、今回は濡れた服をタオルで拭くなどして着座した途端に呼ばれた。やっぱり普通はこうなのだろう。前回が忘れられていたという事が立証された

視力検査と眼圧検査を受けた。そして、瞳孔を開く目薬を点された。今日は網膜の検査をするのだと言われた。30分ほど瞳孔が開くのを待ち、それから検査だという事だった。

つまり30分は呼ばれないわけだ。検査室は一番奥で、その前の椅子は空いていた。というか、朝9時に行ったら既に患者がたくさんいるというのも驚きだ。ここの開始時間はいつだっけ。8時半かな。

持って行った新聞を読んでいた。新聞は広げて読むのに持病の左手親指が傷む。今、腱鞘炎なのだ。

椅子が混み合って来たので、横に置いていたカバンを膝の上のコートの上に乗せ、新聞を読もうとしたらカバンが滑り落ち、それを拾って膝に乗せたら新聞の一部が床に落ちた。あれこれ拾っていたら、横に座っていたおばあさんが、

「ここに置いていいわよ」

と言ってくれた。私とおばあさんの間にトートバッグを置かせてもらった。その隣に座った母娘にも大丈夫か確認したら、笑顔で大丈夫と言ってもらえた。横のおばあさんが、

「新聞が読めるの?いいわねえ」

と言った。今は読めるけど、瞳孔を開く目薬をしたから、もうすぐ読めなくなりますと言ったら、そのおばあさんもその目薬を点したからもう見えないそうだ。

30分で瞳孔が開くというわけで、急いで読んでいたら、もう呼ばれてしまった。驚いた。まだ新聞が読めるくらい視力は変わっていない。瞳孔が開くと視力が下がるのに。だが、きっちり30分経っていた。私は麻酔も下剤も効き始めるのが遅いのだが、瞳孔が開くのも遅いらしい。ということは、私の体の中は人よりゆっくり流れているのだな。ウイスキーなど高濃度のアルコールが効き始めるのも遅い。

網膜の検査

初めて入る検査室だった。とても狭い。網膜に電流を流して筋肉の動きを調べるとか何とか言われた。

電流を流すので、時計やスマホなどの電子機器を身に着けていたら外すように言われた。腕時計を外す。あとメガネも外す。

「コンタクトを使った事はありますか?」

と聞かれた。はいと答えた。これから、電極を貼って行くのだが、黒目に直接貼ると言う。コンタクトを使った事のある人なら大丈夫だが、そうでないと怖いだろうという事。しかもハードレンズだったらなおいいと。私がハードを使っていたと言うと、

「近視が強いから、ハードだと思いましたよ」

と言われた。

一応麻酔の目薬を点すと言う。すぐに効いてくると思うので、と言われてちょっと戸惑う。麻酔の効きが遅い私だから。でもまあ、ハードコンタクトをしていたのだから大丈夫だろう。15年前までの話だが。

耳にパッドを貼り、まずは左からという事で、左目のすぐ下にも貼る。それから、なんの為だったか、何となく感電しない為みたいな感じに取ったが、何かの為に持っているものがあった。片手で握れるサイズで、ちょっと電動髭剃りっぽい感じかな。その刃の部分を指で触っている必要があるという。けっこうギザギザしている。何しろ髭剃りっぽいから。これを離したらいけないらしい。

「そろそろ麻酔が効いてきたと思うので、目に入れますね」

と言われ、管の付いたでかいコンタクトレンズのようなものを目に入れられた。ジェルを乗せてから目に入れるようで、はみ出てきたジェルをティッシュで拭かれた。そして視野検査の時みたいな、顎を乗せて中を覗く機械に向かう。

「真ん中のバッテン分かりますか?そこを見ていてください。目を動かしてしまうと、最初からやり直しになってしまうので、気を付けてください」

画面では白と黒の5角形が変な形に組み合わさっていた。画面に大きくバッテンが白い線で書いてあり、その交わっている部分が真ん中で、そこを見続けていなければならない。1点を見続けるというのは、けっこう大変なのだ。

「では始めますね」

と言われた。何分くらい続くのか聞けば良かったと思った。瞬きはしてもいいらしいが、目に電極を入れている方は目を閉じる事が出来ない。両目でパチパチやっているつもりでも、今は右目しか瞬きが出来ない。

検査が始まった。白と黒の5角形がバラバラと動く。だが、それらの動きを目で追ってはいけない。真ん中のバッテンを見つめていなければならない。1分くらいだっただろうか。もう少し長かっただろうか。心配したほどは長くなかった。

3セット撮ると言われた。最初はいいですねと言われたが、3回目はちょっと視線が動いてしまったようで、あと4セット撮りますと言われた。つまりやり直しになってしまった。目を動かしたつもりがなくても、ブレブレっと勝手に視線が動く事がある。目が疲れてくるとね。

左目の検査が終わり、次は右目に。左目のジェルを自分で拭くように言われたが、鏡を見ないとどこにあるのか分からず。どんどん垂れてくるけれど気にせずそのままに、と言われていたが、マスクに染み込んだのか、元々ドライアイだからそれほど涙が流れていなかったのか、あまり気にならなかった。

今度は右目に透明なレンズのような電極を入れる。久しぶりだが、これならコンタクトを入れても大丈夫だな、と思った。

右目も同じように顎を乗せ、画面の5角形を見ていたが、コツをつかんだというのもあるし、今度は先ほどと違ってバッテンの交わる部分が黒地の上だったので、見えやすかった。だから、ぼーっと見ていられた。

あ、そうそう。目の筋肉は体の他の筋肉よりも弱いので、体の力をなるべく抜いてと言われた。そこで、顎に体重を乗せるような感じで、だらっと力を抜いたのだが、肩凝りが取れる感じで悪くなかった。目には違和感ありありだけれど。

右は最初の1セットで終わった。右の方が上手でしたね、と言われた。またティッシュでジェルを拭き、終了。診察を待つ事になった。

診察

今のジェルのせいなのか、ここへ来て瞳孔が全部開いたのか、メガネを掛けているのに全然見えなかった。見えないというか、視界が白っぽくぼやーっとしている。一応新聞紙を見てみたが、全然読めない。

雨が止んだかな、とスマホの天気予報を見てみたが、見えない。こんな近くもダメか。近くは近くでダメか?

トイレに行っておこうと思った。トイレには行けた。このくらい視力が落ちても、字が読めなくなるだけで自分の身の回りの事は出来るな、と思った。もし将来左目も右目のように見えなくなったら、字を読むのがしんどい。そうしたら、読み上げ機能などを使って本を読む事になるだろうか。

息子たちには言ってある。以前新聞の投書欄で、私と同世代の女性が母親の為に新聞を読み聞かせているというのを読んだ時の事。私には読み聞かせてくれなくていいから、自動読み上げ機能を手配してくれと。私が読み聞かせの話をした時、息子たちは不安そうな顔をしたが、自動読み上げの話をしたらあからさまにホッとしていた。

また診察室前の椅子に戻ってきた。もう何も読めないし、なんだか眩しいし、ほとんど目を閉じて座っていた。この機会に考えなければならない事を思い出す。今日の夕飯には何を作ろうか。大根とひき肉と、あとはレタスがあるしミニトマトがあるし、それからどうしようか……。

診察に呼ばれた。けっこう時間が経っていた。そういえば、前回来た時には私の診察中に看護師さんが何回も入ってきたりして、先生も、

「今日は立て込んでいるので……」

などと言っていた。だから検査は後日に、という事で今日になったのだ。あの時、また1か月後も結局立て込んでしまうに違いない、と思っていたのだが、今日は確かに先月よりはバタバタしていないようだ。年度始もいいところだからか。関係ないか?

さて、網膜の検査の結果は異状なし黄斑変性ではないとはっきり分かったそうだ。そうだろうとは思っていたけれど、と言う先生。一応した検査か。一応、念の為であの黒目に貼る検査か……私はいいけどね。辛い検査だったらちょっとショックだよね。

後は、脳に腫瘍があるという可能性もある、と言う先生。ちょっと、怖いじゃないか。今度は脳のMRI検査か?

と思ったが、急激に悪くなったわけではないんでしたっけ、と言う先生。2年以上前からで、その時はスマホの見過ぎで視力が下がったのだと思うと言った。それで、脳の腫瘍説は無くなったみたいだった。後で自分で、脳の腫瘍をそのまま放って置いたらどうなるか、と調べたら、脳が圧迫されて症状が進むとか、吐き気などがするという事だった。そうか、2年以上前から腫瘍があったら、とっくに頭痛とか吐き気とかがひどくなっているはずだ。だから違うのだ。後でホッとしたのだった。診察の時はうやむやで、ちょっと不安が残っていた。

右目が見えにくいのは仕方がないそうだ。超強度近視の一歩手前だとか?弱視のようなものだろうか。

眼圧を測られた。例の目薬を点されて。そうか、もしかすると眼圧を測る前の目薬も、麻酔なのかもしれない。目に直接当たる事もある検査だ。当たるか当たらないかのギリギリまで青い物を近づけてくるのだ。

ここ2回、眼圧は両目とも16と言われ、ちょっと高いなと思っていたのだが、今日は10と11だと言われた。おっとー、つまりあれか。診察の前に何かを読んだりして目を使っていると高く出て、今みたいに何も見ないで目を使っていなければ低いのか。それって……いつも何かを読んでいる私は、けっこう眼圧が高い状態なのでは……。

だが先生は、目標眼圧に達しているから、とりあえず目薬を増やさなくてもいいか、と言った。この眼圧ならば急激に緑内障が進むことはないでしょうと言う。

だが、緑内障は進んでいるし、特に右目が進んでいるので、もう一度1か月後くらいに中心視野の検査をして、そこで緑内障の手術をするか、目薬を足すか、決断しましょうと言った。

「でもねえ、手術すると色々と大変な事になりがちですし」

と言う先生。大変な事か……。今、手の腱鞘炎の手術をするかどうしようか迷っている所だったので、やっぱり手術せずに済むならしない方がいいかな、などと思った。

「今はレーザーの手術もあるんですよ」

と、先生がいきなり言う。レーザーと聞いて視力の回復かと思った私は、

「それは、いいですね」

と言った。が、レーザーで眼圧を下げる事が出来るのだと先生は説明した。ああ、緑内障の手術の事か。

目薬を出しておきましょうか、と先生が言ったが、まだありますと言って断った。この間も処方してもらっていないし、先生はどれだけ溜め込んでるのだ、と思ったかもしれない。が、実はある目論見があって、断ったのである。

帰宅

次回の予約をし、会計をした。今回は自動支払機で1発で出来た。

外に出た。おう、眩しい!そう、まだ全然見えていない。瞳孔を開く目薬を点す時、これから3時間くらいの間に何か運転しませんかと聞かれたが、歩くだけでも辛いぜよ。

雨は止んでいたが、まだ地面は濡れていた。曇り空だが、それでも眩しい。道路の白線が光り輝いている。仕方がない。私の傘は晴雨兼用だから、日傘だと思って差そう。

うん、傘を差すと少しマシだった。はたから見たら、雨が止んだのに気づいていないと思われているだろう。

白い塗料が所々剥げている、古い白線は眩しくなかった。新しくてどこも剥げていない白線が恨めしい。時々ちょっとだけ日が出たりした。

来る時には、満開の桜を見上げたりした。雨で濡れてあまり綺麗ではなかったが。上を向くと雨でメガネが濡れるのが嫌だった。

帰りは、せっかく雨が止んでいるのだが、眩しいのと視力が弱すぎるのとで、桜を見上げる事は出来なかった。下に落ちて濡れている花びらしか。なんか、まだ咲いていない枝もあるのに、こんなに散ってしまって。今週末はどんな感じだろうか。お花見は。

家に帰った。しばらくは目が見えないが、徐々に見えてくる。だが、案外近くが見えない。スマホが全然ダメ。

ご飯を食べたり洗濯物を干したりして、そうそう、干すのが眩しくて辛かった。そして鏡を見た。そうしたら、まつ毛にびっしりと黄色い物がこびりついていた。

目の下の黄色いのは、眼圧を測る時に差す目薬。前回は、帰ってきて「こんなに目の下を黄色くして帰ってきたのか、私は!」とショックだったのだが、今日はそれどころではなかった。あの、電極を入れる時に使われたジェルのせいで、まつ毛にこびりついているのだろう。あの時、石鹸で普通に落ちますと言われた意味が分かった。

だが、とりあえず前回同様、コットンに化粧水を染み込ませてまつ毛を拭いた。目の下の黄色いのはすぐに落ちるのだが、まつ毛にこびりついたものはなかなか取れなかった。それでも、何度かやって大体取れた。

と思ったら、白目が真っ赤に。いやー、こういう事をすると眼圧が上がるからダメなんだけどな。慌ててヒアルロン酸目薬を点す。夜までに何度も点した。早く傷を治さないといけない。そうしないと、明日は……。

コンタクトを作る!

以前、かかりつけの眼科の先生から、コンタクトにすればメガネよりは見えやすくなるのではないか、と言われていた。以前使っていたコンタクトを今度持っておいで、とも言われていた。

家の中を探したら、何と15年前まで使っていたコンタクトレンズが出てきたのだが、保存液は干からびて、その容器の蓋が開かなかった。

いよいよ、明日かかりつけ医に行こうと思って、息子たちに開けてもらう事にした。ところが、やはり開かない。ペンチを使ったりお湯に浸けてみたり、色々試したが、やっぱり開かなかった。

まあいい。どうせこんな古い物は使えないのだ。目に入れるのも辞めた方がいいだろうし。

この1カ月の間に、私の心は変わって行った。最初は、もしコンタクトの方がよく見えるならばコンタクトにしてもいいか、くらいに思っていたのだが、もう見え方はメガネと同じでもいいから、コンタクトにしようと思うようになっていった。

一番の決め手は、万博ボランティアの帽子だった。もうすぐ大阪・関西万博のボランティアをしに行くのだが、そのユニホームの帽子がすごく特徴的だった。今までもキャップなどが似合わないと思って来た自分だが、この万博のハットは何と言うか……メガネをして被ると、農家のおばちゃんにしか見えないのだ。

ツバが大きい事に加え、顎にリボンを結ぶタイプなのがいけない。これね、髪の長い次男が被ってみたら、めっちゃ可愛くて(親バカも入っているが)びっくりしたのだ。つまり、帽子が悪いのではない。私に似合わないのだ。おばちゃんに見えるのは仕方ないが、万博で農家は良くないだろう

まあ、メガネじゃなかったとしてもそれほど変わらない可能性もあるが、一応写真に撮ってみて(メガネをせずに被っても鏡がぼやけて見えないからね)メガネよりはマシだと確認した。次男のようには行かないけれど。ああ、あの顔が欲しい。多分私も若い頃はあんな感じだった……かな?

ハード?ソフト?

翌日、雨の中眼科へ行った。本当は、大学病院の検査が全て終わって、結論が出てから行くつもりだったが、万博の前にコンタクトにしたいと思ってしまったから、仕方がない。

今からコンタクトにするなら、5年前にしたかった。コロナ禍にすればよかった。そうしたら、マスクをするとメガネが曇るという悩みも解消したのに。

この年になると、何かを始めた時に大体、あと数年早く始めていれば、という後悔がやってくる。だが、これからだってまだ色々あるだろう。遅れたからやらないという手はない。まあ、今でもマスクはする事もあるわけだし、ボランティアだってやるだろう。キャップだって被るし。

雨の中行ったのは良かった。いつも少し混んでいるというのに、今日は私がいる間、ずっと他の患者さんが来なかったのだ。だからゆっくりと先生に相談できた。

右目はやっぱり度が上がらず、一応0.6くらいは見えているようだが、実際には全部がぼやーっとしていて見えにくい。だけれども、左目が良く見えているので何とかなる。これからは、右目は諦めて左目で見て行こう。だが、逆に近くを見たい時には右目だけで近づいて見るという方法がある。良しあしかもしれない。

そうそう、あの瞳孔を開く目薬、夕方になってもパソコンの画面がよく見えなくて、度の低いメガネでないとダメだった。スマホもそう。だから、もう親と同じように、スマホの文字を一番でっかいサイズにした。これなら見えるぞー。見栄を張っている場合ではない。

さて、コンタクトレンズはハードなのかソフトなのか。私はハードしか使った事がない。昔は乱視の矯正はハードしかできなかったのだ。

昔はハードを使っていた妹も、今や使い捨てのソフトレンズを使っているらしい。2WEEKがいいとか。妹の話だと、今はソフトでも乱視を矯正できるし、年を取ると瞼がたるんでしまって、ハードレンズだと外せなくなるから、ソフトの方がいいよと。

ということで、先生に聞いてみた。何となく、私の度だとハードしかダメなんじゃないかと思っていたのだが……。

「ソフトはね、元々あんまりよく見えないのよ。くっきり見えるようにするにはハードじゃないと」

と言う。それで、私の最大限の視力を出すにはハードにする必要があり、あんまりくっきり見えなくてもいいならばソフトでもいいとか。

何の為にコンタクトにするのかを考えたら、間違いなくハードだ。私はソフトレンズを使った事がないし、ハードがいいと言われたら少しホッとした。使い捨ての方が万が一失くした時に損害が少ないが、それでも不慣れなケアをするのは不安だ。

ということで、視力検査の後、テストレンズを入れてみる事になった。度は違うけれど。

確かに違和感。私が高校生の時、初めてコンタクトを買って付けた時、1週間瞬きが止まらなかった。それでも我慢して、学年末テストも瞬きが止まらないまま受けた。1週間経ったら、急に慣れて普通に目を開いていられるようになったのだ。普通だったら、自分はハードレンズが合わない、コンタクトは合わない、と思って辞めてしまうだろう。だが、執念で慣らしたのだ。

今回も、久しぶりに入れたら瞬きが止まらない。しばらく待合室で慣らすという事になり、度が弱いので遠くは見えないものの、スマホは良く見えたので、SNSのチェックをしていた。上を見ていると瞬きが止まらないが、下を見ていると大丈夫。その内、だいぶ慣れてきた。

そして、レンズを外すことになった。久しぶりに外せるかなあと思っていたら、何とびっくり。

「今はね、スポイトを使うのよ」

と先生。かつては目を目尻の方へ引っ張って弾いてレンズを外したが、長年ハードレンズを使い続けてそうやって引っ張っていると、良くないそうだ。何とか筋が傷むとか。それで、スポイト。

スポイトと言っても、吸盤だ。棒の先に吸盤が付いているのだ。それでレンズをくっつけて取るらしい。何だ、瞼がたるんでも大丈夫じゃないか。

まあ、ちょっと手間取ったが、初めての割に上手く行った。それこそ目を引っ張って外すやり方は、初めての時はなかなかできなくて、しばらく練習してから帰ったものの、それからもなかなか外せなくて焦ったものだ。吸盤を使う方が簡単だろう。目を触るという怖さはあるが。

レンズを外したら白目が真っ赤だった。これは、目薬をちょくちょく点さねばなるまい。ヒアルロン酸目薬は、コンタクトレンズをしてる時は点したらダメとどっかで読んだ気がしたが、ハードなら関係ないと先生が言った。良かった。この目薬は傷が良く治るのだ。

私はてっきり、処方箋をもらって自分で買いに行くのかと思ったら、眼科で注文してくれるそうだ。しかも、何日かかるか心配していたら、翌日届くと言う。これも良かった。

家に帰って、ヒアルロン酸目薬を点したら、白目はすぐに真っ白になった。やっぱりコレよ。

いやー、コンタクトレンズはケアが面倒だし、風が吹いても目が痛くなるし、などと面倒がっていたが、やっぱり頭痛の時にはメガネが邪魔だし、コンタクトなら視界が広くなるし、見た目もちょっと若返るだろうし、色々ワクワク。

「受け取りは現金のみです。金額は……」

って、3万円以上。でもメガネよりも安いじゃないか。あ、フレームがないからか。ただ、ケア用品が必要だ。買いに行かないとな。

15年ぶり。そもそもね、緑内障の治療を始めるというきっかけがあったものの、もう1つコンタクトを辞めた理由があるんだよね。これ、多分誰にも言ってないかな。

当時ゴスペルを始めたばかりで、ライブには家族も来てくれて、夫がビデオを撮ってくれた。そのビデオをたくさん見ているうちに、ものすごく自分の見た目に自信がなくなっていった。自分の姿を客観的に見るって、普段はないものだ。最近は動画に撮られる事もあるが、チラッと映っているのと、歌ったり踊ったりしているのをアップでずっと撮られているのとでは、けっこう違うみたいだ。ガッツリ映る自分を何度も見ている内に、すごく嫌になってきた。

もう35歳だし、夫も子供もいて、今更容姿を気にする必要はない。そう思った私は、コンタクトをする意味がないと思ったのだ。なぜそれまでメガネをしなかったかと言えば、見た目がイマイチだったからだ。地味に見えるから。でも、もう容姿なんてどうでもいいじゃないか、だったらメガネでいいじゃないか、という思考回路だったのだ。

それが、15年くらい経ってまたコンタクトにしようとしている。メガネはメガネで色々と不便だった。まつ毛が目薬のせいで伸びてきて、レンズに触って汚れるし、走ると揺れて視界が気持ち悪く揺れるし、さっきも書いたが頭痛の時には非常に邪魔になる。帽子が似合わない。また不便も感じるかもしれないが、コンタクトとメガネと両立すればいいではないか。

それにしても、この15年ほどの歳月は、新たな出逢いもたくさんあった。昔はね、「メガネの人」と思われたくなくてメガネをしていなかったのだが、この15年ほどの間に出逢った人にとって、私は「メガネの人」だろう。だとしたら、久しぶりに会った時にコンタクトだったら、誰だか分かってもらえない可能性がある。

でもまた、新たにメガネじゃないチョコナッツも覚えてもらおう。まあ、老眼鏡をかけていたり、風よけの為の伊達メガネを掛けている可能性もあるが。